
東北大学は2024年4月、全国の国立大学で初めて生成AIを活用した対話システムを本格導入し、大学業務の革新的な効率化を実現しました。従来の問い合わせ対応における課題を解決し、学生・教職員・一般の方々により良いサービスを提供することが目的です。本導入により、多様な質問表現への対応力が向上し、24時間365日・30カ国語での対応が可能となりました。
本システムは、東北大学が2020年から推進してきた「コネクテッドユニバーシティ戦略」の一環として実現されました。若手職員による「業務のDX推進プロジェクト・チーム」が中心となり、2023年5月のChatGPT導入での検証を経て、2024年4月に14の専門分野に特化したエージェントとして本格稼働を開始しました。RAG技術を活用した最新情報に基づく回答生成、マルチターン対話による深い質問対応、そして運用コストの削減という3つの革新により、大学における問い合わせ対応業務の新たなスタンダードを確立しています。
東北大学のDX推進と生成AI導入の経緯
東北大学は、2020年の新型コロナウイルス感染症を契機に、大学業務の抜本的な変革に着手しました。同年6月に「オンライン事務化」を宣言し、7月には「コネクテッドユニバーシティ戦略」を策定して、教育・研究・社会との共創・業務全般のデジタル化を推進してきました。この戦略の下、国立大学法人で初めてCDO(最高デジタル責任者)を創設し、DXを強力に推進する体制を整備しました。
2021年3月には、国立大学法人で初めて全学を対象とした多言語対応チャットボットを導入しました。当初は日本語・英語・中国語の3カ国語対応でしたが、想定外の質問表現への対応や、FAQデータの管理コストが課題として浮上しました。約1,000件のFAQデータを日々更新する作業は、職員に大きな負担となっていました。
2023年5月、東北大学は全国の大学に先駆けてChatGPTを業務に導入し、生成AIの可能性を検証しました。利用者アンケートの結果、文章校正・要約・英訳補助など幅広い業務での活用可能性が確認され、特に生成AIの高い言語理解能力がチャットボットに適用できることが明らかになりました。この検証結果を踏まえ、2024年4月に生成AIを活用した新しい対話システムの本格導入を決定しました。
導入前の課題と解決への取り組み
従来のルールベース型チャットボットでは、3つの大きな課題に直面していました。第一に、想定外の質問表現への対応困難性です。利用者の多様な言い回しに対応するため、同じ内容の質問でも複数のパターンを登録する必要があり、それでも網羅しきれない表現が多数存在しました。第二に、情報の二重管理による運用負荷です。ウェブサイトの情報とは別にFAQデータを作成・更新する必要があり、情報の整合性を保つことが困難でした。第三に、多言語対応の限界です。3カ国語以上への拡張には、言語ごとにFAQデータを作成する必要があり、現実的ではありませんでした。
これらの課題を解決するため、東北大学は生成AI技術の活用に着目しました。生成AIの自然言語理解能力により、多様な質問表現を理解し、適切な回答を生成できることが期待されました。また、RAG技術を活用することで、既存のウェブサイト情報を直接参照できるため、情報の二重管理が不要になります。さらに、生成AIの多言語能力により、追加コストなしで対応言語を拡張できる可能性がありました。
プロジェクトチームは、これらの技術的可能性を実現するため、慎重な検証と準備を進めました。セキュリティやプライバシーの観点から、ハルシネーション対策やプロンプトインジェクション対策を組み込み、利用者に安心して使ってもらえるシステムの構築を目指しました。また、大学特有の専門用語や複雑な制度に対応できるよう、カスタマイズにも注力しました。
生成AIチャットボットの技術的特徴
東北大学の生成AIチャットボット「HAGIBO」は、最新のAI技術を活用した先進的なシステム構成を採用しています。中核となるのは、OpenAI社のGPT-4oモデルです。このモデルは、高い言語理解能力と生成能力を持ち、複雑な質問にも文脈を理解した上で適切に回答できます。構築当初はGPT-4 Turboを使用していましたが、トークン数の増加と処理速度の向上により、2024年5月にGPT-4oに移行しました。
RAG技術の実装により、大学の膨大な情報資産を効果的に活用しています。ベクトルデータベースには、大学ウェブサイトの約350のURLから取得した情報が格納されています。利用者の質問に基づいて検索クエリが自動生成され、関連性の高い情報を瞬時に取得します。この仕組みにより、常に最新の公式情報に基づいた回答を提供できます。
多言語対応では、独自の工夫を実装しています。30カ国語での質問に対応しながら、検索精度を維持するため、検索クエリは日本語で生成することを基本としています。日本語での生成が困難な場合のみ英語で生成し、その他の言語での検索は行わない設定により、日本語データベースでの検索精度を最適化しています。また、簡体字・繁体字の識別により、中国語と日本語の適切な判別も実現しています。
セキュリティ面では、複数の対策を実装しています。ベースプロンプトには、登録されていない情報に基づく回答を禁止する明確な指示を含めています。また、利用開始時に「本チャットボットは生成AIを活用して回答を行います。生成AIでの回答は一部誤りを含む場合がございます」と明示し、利用者の同意を得る仕組みを導入しています。これらの対策により、安全で信頼性の高いサービスを提供しています。
14の専門エージェントによる高度な対応
東北大学の生成AIチャットボットの最大の特徴は、14の専門分野に特化したエージェントが連携して動作することです。各エージェントは、それぞれの分野に関する深い知識を持ち、利用者の質問内容を分析して最適なエージェントが自動的に選択されることで、専門的で正確な回答を提供します。
マルチターン対話機能により、一つの話題について深く掘り下げた質問が可能です。従来の一問一答型のチャットボットでは1往復の対話が基本でしたが、生成AIチャットボットでは平均で2.7往復の対話が行われています。利用者は必要な情報を段階的に取得でき、複雑な手続きや制度についても、自分のペースで理解を深めることができます。
また、従来のチャットボットで使用していたFAQデータは、GoogleスプレッドシートからGoogle Apps Scriptを用いてAPI経由でベクトルデータベースに格納されています。さらに、URL指定により本学Webページの情報も読み込ませることで、単調なQ&A形式を超えた、より豊富で詳細な回答が可能になりました。
導入効果と具体的な成果
生成AIチャットボットの導入により、東北大学は業務効率化を実現しました。最も顕著な成果は、情報管理の一元化です。従来は約1,000件のFAQデータを管理していましたが、生成AIチャットボットにより約350のURLに情報源を集約できました。これにより、ホームページとFAQデータの二重管理が不要となり、情報更新作業の効率が大幅に向上しました。
利用者の利便性も向上しました。24時間365日の対応により、時間や曜日を問わず問い合わせが可能になりました。特に、30カ国語対応により、外国人留学生や研究者が母国語で質問できるようになったことは大きな改善点です。従来の3カ国語対応から10倍の言語に対応できるようになり、より多くの利用者のニーズに応えられるようになりました。
回答の質も向上しています。生成AIの高い言語理解能力により、自然な日本語での対話が可能になり、利用者は特別な言い回しを意識することなく質問できます。また、RAG技術により常に最新の情報に基づいた回答が提供されるため、情報の正確性も向上しました。マルチターン対話により、利用者の理解度に応じた段階的な情報提供も可能になりました。
実装を支えた技術パートナー
東北大学の生成AIチャットボット導入は、株式会社miiboと株式会社MAKOTO Primeの技術協力により実現しました。miiboは、会話型AI構築プラットフォームを提供する企業として、技術基盤の提供と実装支援を担当しました。同社のプラットフォームは、RAG機能、多言語対応、セキュリティ機能などを標準装備しており、東北大学の要求仕様を満たす基盤として採用されました。
MAKOTO Primeは、東北地方を拠点に中小企業への生成AI導入支援で豊富な実績を持つ企業です。東北大学との連携において、大学特有のニーズ分析、カスタマイズ提案、導入後の運用支援を担当しました。竹井智宏代表取締役は「教育・研究分野における生成AI活用の新たなモデルを提案するものです」とコメントしています。
miiboの功刀雅士代表取締役CEOは「miiboの提供する会話型AI構築プラットフォームが、業務効率化および教育・研究の最前線で活用されることを光栄に思います」と述べ、両社の連携により実現した本プロジェクトの意義を強調しています。この成功事例は、他の教育機関への展開においても、重要なモデルケースとなることが期待されています。
今後の展望と発展計画
東北大学は、生成AIチャットボットのさらなる進化を計画しています。将来的には、利用者の許諾を得ることを前提に、各利用者固有の情報に基づく個別最適化された回答を提供するパートナーとなるチャットボットの構築を目指しています。
また、画像入力対応生成AIモデルを活用したメタデータの半自動付与システムの構築も検討しています。大学が保有する研究成果や歴史的資料のオープンアクセスを促進するため、生成AIが人間と各種認識モデルとの仲介役となることで、高精度のメタデータ作成を目指します。
長期的には、このシステムを核とした大学DXの更なる推進を計画しています。東北大学は、今回の生成AIチャットボットの導入をはじめ、先端技術を積極的に業務に活用することで業務の効率化を実現するとともに、全国の大学と協力して業務改革を推進していきます。
よくあるご質問
Q
生成AI対話システムは誰でも利用できますか?
はい、東北大学のウェブサイトから、学生・教職員・一般の方々どなたでもご利用いただけます。24時間365日、いつでもアクセス可能です。
Q
どのような質問に対応していますか?
入学案内、学生生活、研究支援、施設利用、事務手続きなど、大学に関する幅広い質問に対応しています。14の専門分野に特化したエージェントが、それぞれの分野で詳細な回答を提供します。
Q
外国語での質問も可能ですか?
はい、30カ国語に対応しています。英語、中国語、韓国語をはじめ、多くの言語で質問していただけます。回答は質問された言語で返されます。
Q
回答の正確性はどの程度信頼できますか?
RAG技術により、東北大学の公式ウェブサイトの情報に基づいた回答を提供しています。ただし、生成AIの特性上、誤りを含む可能性があることをご了承ください。
Q
個人情報を含む質問をしても大丈夫ですか?
セキュリティ対策は実施していますが、個人情報を含む質問は避けていただくようお願いしています。
Q
利用に費用はかかりますか?
いいえ、無料でご利用いただけます。東北大学が提供するサービスとして、どなたでも無料で利用できます。
東北大学が示す大学DXの未来
東北大学の生成AIチャットボット導入は、国立大学における業務革新の先駆的事例として、大きな成果を上げています。情報管理の一元化、30カ国語対応、24時間365日のサービス提供という具体的な成果は、大学DXの可能性を明確に示しています。技術的な先進性と実用性を両立させたこのシステムは、今後の大学運営のあり方を変える可能性を秘めています。
この成功事例が、全国の教育機関におけるDX推進の参考となり、より良い教育・研究環境の実現につながることを期待しています。東北大学の取り組みについてさらに詳しく知りたい方は、ぜひ公式ウェブサイトをご覧ください。